OBJECTIVE.
立教大学理学部の桑原正輝助教を中心に、東京大学(吉川一朗教授や吉岡和夫准教授)およびJAXAと共同で開発した超小型極端紫外線イメージャー「PHOENIX」を用いて、地球プラズマ圏の全体像を撮影することに成功しました。この成果は、超小型深宇宙探査の科学利用における重要なマイルストーンとなり、今後の宇宙惑星探査ミッションに新たな可能性をもたらします。本研究成果は2025年4月24日にJournal of Geophysical Research: Space Physicsに掲載されます。
EQUULEUSとPHOENIXについて
EQUULEUSは、JAXAと東京大学が共同開発し、2022年11月にNASAのSLS[1]で打ち上げられた超小型深宇宙探査機です。EQUULEUSに搭載されたPHOENIXは、1U(10cm×10cm×10cm)以下のサイズ(超小型)かつ0.55kg未満(超軽量)でありながら、地球周辺プラズマ[2]の発光を高感度で観測することが可能なEUVイメージャーです(図1)。PHOENIXは、波長30.4nmの極端紫外線(EUV)を観測するために設計されたカメラで、地球を取り巻く宇宙空間(プラズマ圏)に存在するHeイオンが発する輝線を捉えることができます。この波長の光は地球の大気によって吸収されるため、宇宙空間からの観測が必要となります。PHOENIXは、多層膜コーティングを施した鏡を用いることで高い反射率を実現し、微弱なEUVを効率的に検出することができます。

図1.超小型深宇宙探査機EQUULEUS(左)と超小型極端紫外線イメージャーPHOENIX(右)。
観測成果
PHOENIXは、2023年5月にEQUULEUSが地球と月のラグランジュ点[3]へ向かう途中で、地球のプラズマ圏の全体像の撮影に成功しました(図2)。プラズマ圏は、地球の磁場によって捕捉された低エネルギーのプラズマが多く存在する領域であり、地球の磁気圏[4]の内側に位置しています。これまでの観測では、多くが地球の北側(上方)からの視野で行われてきました。上方からの観測では、プラズマ圏全体の構造を把握できるものの、異なる高度のプラズマが重なって見えるため、詳細な密度分布の把握が困難でした。一方で、PHOENIXは地球のプラズマ圏を側方から観測することで、磁力線[5]に沿ったプラズマの密度構造を明瞭に捉えることができました。側方からの観測は、プラズマ圏全体の立体的な構造を把握するのに適しており、地球周辺のプラズマ分布の詳細な解析が可能となります。特に、地球中心方向からの観測では捉えにくいプラズマ圏の外縁部やその変動を明確に識別することができます。また、磁力線に沿ったプラズマの構造を直接可視化することで、プラズマ圏の詳細な密度分布や動態を解明する新たな手がかりを提供しました。これにより、これまで困難だったプラズマ圏の詳細な三次元構造の把握が可能となりました。さらに、地磁気擾乱[6]に伴うプラズマ圏の収縮現象も確認されました。特に、夜側の低緯度領域ではプラズマ圏の収縮が顕著であり、過去の観測結果とも一致することが確認されました。また、撮像データの詳細な解析により、プラズマ圏の外縁部の位置が時間とともに変動している様子も明らかになり、磁気圏環境の変化に応じたプラズマ圏の動態を捉えることができました。

図2.PHOENIXにより観測された地球プラズマ圏の全体像。黒円は地球、赤線は磁気赤道、黄線は太陽方向、白線は磁軸(上方向が南極)、緑線はL[7]=2、3、4の磁力線、灰色の点線で囲まれた領域は地球の影を示している。地球周辺のプラズマが磁力線に沿って分布している様子が見て取れる。また、5月6日(地磁気擾乱時)に撮影されたプラズマ圏が5月4日(地磁気静穏時)と比較して縮小していることがわかる。
技術的成果と今後の展望
軌道上での恒星を使った較正観測により、PHOENIXの角度分解能は0.19°以下、時間分解能は1.5時間以下であることが確認されました。この結果、超小型ながら高精度な観測が可能である仕様が実現されていることが実証されました。今回の成果は、超小型宇宙機による地球プラズマ圏観測の新たな可能性を示すものといえます。近年、民間を含めた多くの組織が参画している超小型探査機を活用した深宇宙観測の新たな道を切り拓く重要な一歩となります。今後、EQUULEUSのようなミッションを通じて、地球周辺のプラズマ環境の長期間にわたる変動を詳細に調査し、宇宙天気予報[8]などへの応用が期待されます。
注釈
- [1] SLS(Space Launch System):
NASAが開発している次世代の超大型ロケットです。人類の月面再訪や火星探査を目指すために設計され、地球の低軌道から遠くの惑星や月まで輸送可能な能力を持ちます。強力な推力と大型の積載能力を特徴とし、有人宇宙飛行や無人探査機の打ち上げに使用される予定です。
- [2] プラズマ:
物質の特別な状態の一つで、電気を帯びた粒子が自由に動き回る状態です。身近なものでは、雷やオーロラがプラズマの一種です。地球周辺の宇宙空間にもプラズマは多く存在しています。
- [3] ラグランジュ点:
2つの天体(本研究では地球と月)の重力と遠心力がつり合い、物体が安定または準安定に留まることができる特別な5つの点(L1?L5)のことです。EQUULEUSは、地球から見て月の裏側となるL2点周りの周期軌道への航行を目指しました。
- [4] 磁気圏:
地球の磁場が宇宙空間に広がり、太陽風と相互作用して形成される領域です。磁気圏の内部にはプラズマ圏や放射線帯などが存在し、宇宙からの高エネルギー粒子を防ぐ役割を持ちます。
- [5] 磁力線:
地球は巨大な磁石のような性質を持ち、周囲には磁場(磁力の影響が及ぶ領域)が広がっています。この磁場の中で、磁力の向きを示す仮想的な線を磁力線と呼びます。地球の磁力線は宇宙空間まで広がり、プラズマの動きを導く役割を持ちます。
- [6] 地磁気擾乱:
地球の磁場が通常の状態から急激に変化する現象です。主に太陽からの高エネルギー粒子(太陽風やコロナ質量放出など)が地球の磁場と相互作用することで引き起こされます。
- [7] L(L値):
地球の磁場において、磁力線が赤道面で交わる地点の地球半径(地球中心からの距離)を示す指標です。単位は地球半径(約6400km)で表され、例えばL=4は、磁力線が赤道面で地球半径の4倍の距離(約25、600km)に交わることを意味します。
- [8] 宇宙天気予報:
太陽活動に伴う太陽風や磁気嵐などの宇宙環境の変化を予測し、地球や人工衛星、電力網、通信システムなどへの影響を評価する予報です。主に太陽フレア、コロナ質量放出、地磁気嵐などを観測し、影響が及ぶ時間や規模を予測します。強い宇宙天気現象が発生すると、人工衛星の故障、GPSの誤差増大、無線通信障害などが発生する可能性があるため、事前の警戒が重要となります。
発表論文
- 雑誌名:Journal of Geophysical Research: Space Physics
- 論文タイトル:Global and Sequential Imaging Observation of the Earth’s Plasmasphere by PHOENIX Onboard EQUULEUS
- 著者:Masaki Kuwabara*、Kazuo Yoshioka、Reina Hikida、Go Murakami、Ichiro Yoshikawa、Shintaro Nakajima、Ryota Fuse、Yosuke Kawabata、Ryu Funase
- DOI:10.1029/2024JA033389